2008年02月13日

第2回世界探検旅行 撫順

alb04-38.jpg菅野力夫の第2回世界探検旅行
大正14年の正月は、富拉爾吉(富拉爾基=フラルキ)で迎えたようだ。そして哈爾濱(ハルピン)を経由し2月に撫順へ。撫順は以前から炭鉱の町で、露天掘りが有名だった。この写真は大山坑。露天掘りだけでなく大山坑、龍鳳坑など竪坑もあった。撫順は、当時の南満州鉄道奉天から撫順までの支線ができていた。
 撫順炭鉱は,日露戦争後、鉄道及びその付属地は日本の手に渡ってから満鉄の管理下で発展していった。露天掘りによる大規模な石炭採掘が行われ満鉄の重要な財源となった。撫順市の人口は、1940年で25万(内、日本人約4万人)を超えた。また撫順の石炭と鞍山の鉄鉱石で、当時中国最大の鞍山製鉄所(昭和製鋼所)が稼動した。


posted by wakabayashi at 21:44 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

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