2008年02月06日

第2回世界探検旅行 西比利亜

alb04-15.jpg菅野力夫の第2回世界探検旅行
大正3年(1914)8月1日、日比谷公園を宮田自転車で出発。東海道を自転車で行き神戸へ、そして福井県舞鶴港から大阪商船鳳山丸に乗り出航、東京を出て約2ヶ月、9月27日浦潮斯徳に上陸。10月20日ブラゴウエシチェンス市、10月30日アムルスケ州アレクセウスク市11月初旬アムール州アレキセーウスク市、そしてこの写真のチタ市へやってきた。地名はすべてアルバムに記されていたまま。浦潮斯徳はウラジオストク、ブラゴウエシチェンス市はブラゴヴェシチェンスク市でアムール州の州都。アムルスケ州アレクセウスク市とアムール州アレクセーウスク市は同じだと思うが、現在名は不明。
菅野はウラジオストクから中国との国境沿いをシベリアの内陸に向って進んでいった。シベリアは、この後混乱の時期を迎える。1917年ロシア革命、1918年日本のシベリア出兵となるが、1914年頃はまだ落ち着いていたのだろうか?この時期だから菅野はシベリアに向ったのか?しかし、冬に向っていくシベリアに行くことに意味があったのだろうか?この年のこの時期にいかなければならない理由があったのだろうか?ともあれこの写真の教会は今もチタにあるのだろうか?


posted by wakabayashi at 01:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

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