2008年08月24日

昭和11年朝鮮旅行4 京城

P昭120613.jpgP昭120613b.jpg菅野力夫昭和11年朝鮮旅行
 朝鮮旅行の最後に金剛山、赴戦高原を訪れたが、この4ヶ月にわたる朝鮮旅行のほとんどが各地で講演を行った。その間、馬賊の天鬼将軍と何度も会っている。菅野資料の中で今まで知りえた限りでは、天鬼将軍の名は第5回世界探検旅行のさい昭和10年9月奉天で出てくる。

5月31日 天鬼薄益三氏より京城割烹店京喜久に招待され供応さる。
仲居サービス満点。席に曽我廼家五九郎、若月孔雀、
山田ドクトル、遠藤弁護士の諸氏あり。
6月13日 京城福島県人有志二十六氏より天鬼薄益三氏と共に
京城割烹店京喜久に招待さる。
6月19日 京城にて興行中の東京大角力男女川一行を薄益三氏より
招待され観勝す。夜は贔屓角力数名と共に割烹店京喜久にて
供応さる。
6月30日 京城弁護士遠藤省三氏より薄益三氏と共に割烹店白水に
招待さる。
7月22日 京城遠藤弁護士より薄益三氏と共に料理店江戸川に
招待さる。同夜、天鬼薄益三氏病気全快祝宴に
遠藤弁護士夫妻と共に同邸に招待さる。
posted by wakabayashi at 12:08 | Comment(1) | TrackBack(1) | 日記

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この記事へのコメント
6月30日の日記で、割烹店白水とあるのは、野々村藤助(上田竹翁の兄)が作った料亭白水のことでしょう。
当時京城の帝国ホテルとまで呼ばれ、野々村が茶道などにも趣味を持つ人物だったので、日本人の通人からみても好ましい作りのものになっていたようです。当時は野々村謙三氏が経営していたはずです。私も写真を見たことがありますが、実に豪華なものでした。
 野々村謙三氏は、敗戦後日本に引き揚げてきて、その後裏千家今日庵の理事をやっていました。
Posted by @ at 2009年06月08日 21:57
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