2009年02月22日

第8回世界探検旅行7 徐州

20-27.jpg20-28.jpg菅野力夫の第8回世界探検旅行
 12月27日青島から再び済南に移動。30日には済南から徐州へ。この地で昭和14年の正月を迎える。正月1日、2日と司令部や各部隊で陣中慰問講演を行っている。昭和13年5月19日午前8時55分特設師団(第十三師団歩兵第六十五連隊第一大隊)両角部隊渡辺隊が、徐州一番乗りを果たした。昭和13年12月10日現在、徐州には日本人1022名がいたとメモがある。
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2009年02月13日

第8回世界探検旅行6 青島

No8aoshima.jpg20-25.jpg菅野力夫の第8回世界探検旅行
青島には3度目の来訪、今回は10日滞在。青島日本中学校など学校関係、軍隊関係、居留民などに講演を行っている。山東毎日新聞、青島新報などに菅野の講演のことが掲載されている。
当時の青島は、日本人20131人、旅館38、料理店11、貸座敷(女郎屋)39、芸妓262、酌婦289、昭和13年11月末現在となっていた。
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2009年02月08日

第8回世界探検旅行5 石家荘

20-23.jpg20-20.jpg菅野力夫の第8回世界探検旅行
厚和からは石家荘へ。ここで1週間ほど滞在。太原へも往復している。12月は、石家荘、通州、天津、唐山、保定、豊台、済南、青島と周り、年末に徐州に入っている。各地で居留民、軍隊、日本学校などで講演を行っている。移動は無蓋列車、広大な大陸を汽車で移動、菅野52歳。さすが世界探検家、タフだ。菅野の残した「支那旅行記録」には、各地の当時の在留日本人の数、職業、日本学校のことなどが記されている。唐山、保定ともに、昭和13年4月生徒2〜3名で開校。半年後には58、24名になっている。済南の日本小学校は大正4年の開校で、生徒数647名、職員17名。昭和13年度教育経常費53031円。
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