2008年03月28日

第3回世界探検旅行 タイ10

tai01005.jpg菅野力夫の第3回世界探検旅行
 タイに入国前か、出航後かわからないが、船上の床屋。頭は坊主でトレードマークの鍾馗ヒゲ。手入れは大変だったと思う。菅野の世界探検の後援会事務所にも家を提供していた衆議院議員の佐々木照山が主催して、ヒゲコンクールを催したさい菅野力夫が優勝した。これは菅野資料の新聞の切り抜きにあったものだが、その切り抜きがどこにいったか探し出せない。見つけ次第ここの部分は訂正しておく。
posted by wakabayashi at 23:43 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

人気blogランキングへ

2008年03月24日

第3回世界探検旅行 タイ9

tai02007.jpg菅野力夫の第3回世界探検旅行
バンコックの寺院の菅野力夫。この写真は菅野がセットして撮ったものか、あるいは同行の人がこの構図を決めたのか、多分前者と思う。この時代こういった写真を撮れる、ということはすごいことだと思う。世界探検旅行にカメラを持っていったのは、第3回のこの時が最初。2年8ヶ月にわたる大遠征だった。この間12000枚もの写真を撮った。第3回の終盤のタイ、この頃には完璧にカメラを使いこなしていたようだ。
posted by wakabayashi at 10:12 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

人気blogランキングへ

2008年03月21日

第3回世界探検旅行 タイ8

tai01070.jpg菅野力夫の第3回世界探検旅行
 タイの軍隊が休憩している写真。菅野力夫は軍事探偵でもあった。菅野写真には、各国の風俗、街の様子だけではなく、各国の軍隊、駅、鉄道、橋梁など写っている写真も数多い。大正から昭和初期に、各国の様子を言葉や文章だけでなく、写真があるということは、菅野の講演の時には、現在のスライド、パワーポイント以上の働きをしただろうし、当時の日本の軍にとっても貴重な情報だったと思われる。
第3回世界探検の時だけで、菅野は12000枚以上の写真を撮ったと絵葉書に書いてある。現在残っている第3回世界探検旅行のネガは3100枚。唯単に時間の経過と共に散逸しただけでなく、12000枚のうち何割かの写真、ネガは軍に提出していたということも考えられる。現在残っている5000枚の菅野写真のネガは、菅野自身の写っている写真が多い。自分の手元に残す写真、軍に提出する写真と分けていたという可能性もあるのではないだろうか。
posted by wakabayashi at 10:25 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

人気blogランキングへ

2008年03月19日

第3回世界探検旅行 タイ7

tai01142.jpg菅野力夫の第3回世界探検旅行
 バンコックの町の写真。1920年頃バンコックの町を走っていった路面電車と人力車。人力車は日本で明治の始めに発明され、またたくまにアジアに広まっていった。南アフリカ1で紹介したように、大正13年にはアフリカでも使われていた。人力車はアジアで根付いて、今もリキシャなどと呼ばれ、人から自転車に変わって使われている国もある。バンコックの路面電車に関しては詳細はわからないが、今ははしっていないようだ。バンコックでいつからいつまで路面電車が走っていたかは不明。
posted by wakabayashi at 12:24 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

人気blogランキングへ

2008年03月17日

第3回世界探検旅行 タイ6

tai01033.jpg菅野力夫の第3回世界探検旅行
 仏塔からのバンコックの眺め。タイのネガは袋に入って一まとめになっていて、メモ類は何も残っていない。唯一ジャワのアルバムの最後のページ(タイ1でアップしたページ)と絵葉書が5枚あり、その説明だけが写真の手がかりだ。タイ3の絵葉書の説明にワット・チェン(ワット・アルン)プラプラン高塔の建築美、高さ67m。塔上へ登れる世界探検家・菅野力夫とある。また仏塔の階段を下っていく写真もあり、ワット・チェン(ワット・アルン)の仏塔からのバンコックの眺めではないかと思える。しかしバンコック市内のほかの寺院にも仏塔があるので断定はできない。他の寺院の仏塔からの眺めだとしても、タイの首都として発展している現在のバンコックには高層ビルも建ち、寺院だけの写真だと、特に白黒写真だと90年前とそれほど変わらないだろうが、仏塔からの町並みは随分と変化が見れるのではないかと思いこの写真を選んだ。
posted by wakabayashi at 10:23 | Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

人気blogランキングへ

2008年03月15日

第3回世界探検旅行 タイ5

tai01013.jpg菅野力夫の第3回世界探検旅行
タイの建築物の菅野写真は、現存するものは判別しやすいが、無くなったものだと特定するのが難しい。これはバンコック駅。英語表記だとHualampong(フアランポーン駅)タイ語表記だとクルンテープ駅となるそうだ。1920年代に完成。菅野がバンコックを訪れた時(1925、大正14年)は、できたばかりの頃だった。この時の鉄道の状況はどうだったのだろうか?バンコックからどこまで鉄道が行っていたのか?便数は?菅野は鉄道に乗ったのだろうか?乗ったのならどこまでいったのだろうか?
posted by wakabayashi at 12:19 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

人気blogランキングへ

2008年03月14日

第3回世界探検旅行 タイ4

tai03001.jpgtai-5.jpg菅野力夫の第3回世界探検旅行
 タイの旧国会議事堂、(アナンタ・サマコム宮殿、Anantha Samakhom Palace):タイでは珍しい近代西洋建築物。1915年にラーマ5世によって着工され、1915年ラーマ6世のときに完成。迎賓館としてつかわれていたが、1932年から国会議事堂となる。隣に新しい議事堂が出来たため再び迎賓館的に使われている。銅像はラーマ5世。
 菅野がバンコックを訪れた時は、竣工間もない時で、まだ国会議事堂にはなっていなかった。絵葉書には「日暹親善の主導者、暹羅国先帝陛下(ラーマ5世)の銅像、シャム国プラチナン、アンナンタサマーコム宮殿の美観、起工後10年の星霜を経て大正5年落成せる東洋第一の総大理石建築なり」と書いてある。
posted by wakabayashi at 01:20 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

人気blogランキングへ

2008年03月10日

第3回世界探検旅行 タイ3

tai-7.jpg菅野力夫の第3回世界探検旅行
 菅野絵葉書は100枚以上持っているが、タイの絵葉書は2種類しかもっていなかった。物置の中には、アルバム、ネガだけではなく絵葉書もあり、タイの絵葉書は6種あった。菅野力夫は、大正の初めから講演活動をはじめ、昭和30年代まで行っていた。大正から昭和初期が最盛期と思われるが、その場で絵葉書が販売された。その数は膨大なものになると思う。そのため平成の今でも、古書店、ネットで販売されている。その中でもタイのこれらの絵葉書は比較的遅く作られたものだと思う。
 ワット・アルンの仏塔。絵葉書にはワットチェンとあるが、今ではワット・アルンといわれ、三島由紀夫の小説で暁の寺のモデルになった寺院だ。
posted by wakabayashi at 10:45 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

人気blogランキングへ

2008年03月08日

第3回世界探検旅行 タイ2

tai01128.jpg3pc009.jpg菅野力夫の第3回世界探検旅行
 タイにはおおよそ1ヶ月滞在したとおもわれるが、写真から判断するとバンコック以外にはいってないと思われる。絵葉書は説明文にあるようにワットポー寺院。涅槃仏で有名な寺だが、この絵葉書のネガ、そして涅槃仏のネガは残っていない。
posted by wakabayashi at 15:10 | Comment(1) | TrackBack(0) | 日記

人気blogランキングへ

2008年03月03日

第3回世界探検旅行 タイ

alb10-86.jpg菅野力夫の第3回世界探検旅行
ジャワのバタビアから大正14年6月6日出航。シンガポール経由タイのバンコックへ6月15日上陸。8月に日本に帰国する。バンコックから、旧サイゴン、香港を経由して帰国した。残っている写真から、バンコックが長く、次旧サイゴンで、香港の写真は町並みがすこしあるだけなので、2〜3日の滞在程度だったのではないかと思う。この3つの街に関して記録がない。アルバムもなければ、ノートなどのメモなども残っていない。タイのネガは160枚、旧サイゴンの写真が140枚、香港のネガは30枚ほど残されているが、何が写っているのか特定が困難だ。とりあえず、写真の内容不明というものが今後あっても、順次判明しだい書き換えていくことにする。これはマレーのアルバムの最後のページ。
posted by wakabayashi at 23:11 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

人気blogランキングへ

banner2.gif
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。